オランダ発の先進的在宅ケア「ビュートゾルフ」とは
「もし、あなたやあなたの大切な人が、人生の残り時間を考えることになったら、どこで、どのように過ごしたいですか?」
この問いに、多くの方が「住み慣れた自宅で、自分らしく穏やかに過ごしたい」と願うのではないでしょうか。私たちききょう会は、その切なる願いに寄り添い、「在宅ホスピスケア」を通じて、患者さんとご家族のかけがえのない時間を支えることを使命としています。
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日々、患者さんやご家族、そして地域で連携するケアマネジャーさんや訪問看護師さんと接する中で、私たちは常に「理想のケアとは何か?」を自問し続けています。
そんな中、私たちが目指すケアの姿に重なるような、海外の素晴らしい取り組みを見つけましたのでご紹介します。
オランダで生まれ、今や世界中の医療・介護現場にインパクトを与えている在宅ケア組織「ビュートゾルフ(Buurtzorg)」です。
ダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)でも取り上げられ、世界中で注目されている在宅ケアです。
https://www.buurtzorg.com/
未来のケアの形?オランダ発「ビュートゾルフ」
「ビュートゾルフ」は、オランダ語で「地域ケア」や「ご近所ケア」を意味する言葉です。これは、2006年に一人の看護師、ヨス・デ・ブロック氏がたった4人の仲間と始めた、非営利の在宅ケア組織の名前でもあります。
「細切れケア」への疑問
ビュートゾルフが生まれる前、1990年代以降のオランダの在宅での患者ケアは、効率化を追い求めるあまり、大きな問題を抱えていました。それは、「細切れケア」です。
例えば、一人の患者さんのご自宅に、午前9時には入浴介助のヘルパーが、10時には点滴をする看護師が、11時にはリハビリの療法士が…というように、それぞれの専門家が短い時間で入れ替わり立ち替わり訪問するスタイルが主流でした。オランダでは一人の看護師が一晩で19人もの患者さんの家を駆け足で回ることもあったようです。
今の日本の在宅医療やケアの仕組みもこのようになっていることが多いのではないでしょうか。
このようなケアでは患者さんは毎日違う人に体を触られ、安心して療養することができず、スタッフも患者さんとじっくり向き合う時間がなく、人間的な信頼関係を築くのに時間がかかります。
「これではいけない。ケアの主役は、書類やシステムではなく、患者さんと現場で向き合う看護師のはずだ」。そんな強い問題意識から、ビュートゾルフは誕生しました。
その目的は、看護師が専門家としての誇りを持ち、一人の患者さんをチームで「まるごと」支える仕組みを取り戻すことでした。
利用者も、職員も、社会も嬉しい「三方よし」のシステム
ビュートゾルフが掲げるビジョンは、とてもシンプルです。
Better Care(より良いケアを、利用者に)
Better Work(より良い働き方を、スタッフに)
Lower Cost(結果として、社会全体のコストを低く)
この「三方よし」の実現を目指した結果、ビュートゾルフは成功を収めまています。
利用者満足度は業界トップクラス。働く看護師の満足度も非常に高く、離職率は驚くほど低い。
そして、一人の患者さんを同じチームが継続的に見ることで、細切れのサービスをたくさん利用するよりも、結果的にケアの総時間が短縮され、医療費を約40%も削減することに成功したということです。
たった4人で始まった組織は、今や1万人以上の看護師が所属するオランダ最大の在宅ケア組織へと成長し、その革新的なモデルは日本を含む世界各国に広がっているのです。
なぜ世界が注目するビュートゾルフの仕組み
ビュートゾルフには今の日本では考えられない仕組みがいくつかあります。
ビュートゾルフの成功を支えているのは、従来の常識を覆す、ユニークで徹底した組織の仕組みなのです。
リーダーや上司がいない「自分たちで考える」自律型チーム
ビュートゾルフの最大の特徴は、管理職(マネージャー)が一人もいないことです。
ケアは、看護師を中心とした最大12名の小規模なチームで行われます。
そして、新しいスタッフの採用、患者さんのケアプランの作成、地域の開業医との連携、予算管理に至るまで、チーム運営に関わる重要な決定はすべて、メンバー自身の話し合いで決めるというのです。
つまり、上からの指示を待つのではなく、現場の専門家である看護師たちが自らの知識と経験に基づいて考え行動する。一人ひとりがリーダーシップを発揮しチーム全体で責任を分かち合う。この「自律性」こそが、スタッフのモチベーションとケアの質を最大限に高める原動力となっているということです。
チームを支配せずに支援する「コーチ」と最小限の「本部」
「リーダーがいないのに、どうやって組織がまとまるの?」と不思議に思うかもしれません。その鍵を握るのが、「コーチ」と「バックオフィス(本部)」の存在です。
コーチは、チームの上司ではありません。チームに対して何かを命令したり、意思決定したりする権限は一切持っていません 。彼らの役割は、チームが問題に直面したときに相談に乗ったり、話し合いが円滑に進むように手助けしたりすることです。チームが自分たちの力で答えを見つけ、成長していくプロセスを、少し離れた場所から温かく見守り支える。それがコーチの仕事です。
また、保険請求などの煩雑な事務作業は、最小限の本部スタッフが一手に引き受けます。これにより、現場の看護師は書類仕事に追われることなく、最も大切な患者さんと向き合う時間を最大限確保できるのです。
徹底したICT活用で情報共有をスムーズに
ビュートゾルフの自律的なチーム運営を可能にしているもう一つの柱が、ICT(情報通信技術)の徹底活用、DX(デジタルトランスフォーメーション)です。
ビュートゾルフには「ビュートゾルフ・ウェブ」と呼ばれる独自の社内システムがあり、看護師は一人一台のタブレット端末を持っています。これにより、患者さんの記録や計画をリアルタイムで共有し、チーム内のチャットで、いつでも相談・連絡 ができます。
さらに、チームの利用者数やコスト状況などをデータで可視化するといったことも行っているようです。情報がオープンにスムーズに共有されることで、チームは自分たちの状況を客観的に把握し、次のアクションを主体的に決定することができるのです 。
ききょう会が進めるICTの積極活用
https://kikyoukai.net/blog/byoushin-renkei
https://kikyoukai.net/blog/iryou-kaigo
まるごとケアと地域の繋がり構築
ビュートゾルフの看護師は、単に医療的な処置をするだけではありません。看護も、介護も、リハビリも、その患者さんに必要なケアを顔なじみのチームが包括的に(まるごと)提供します。
さらに重要なミッションが、患者さんの自立を促し、地域社会との繋がりを再び紡ぎ直すことです。
例えば、一人暮らしの高齢者のケアをする際、ただサービスを提供するだけでなく、近所の人に「時々、声をかけてあげてくださいね」とお願いしたり、地域のサークル活動を紹介したりする。
ご家族や友人、ご近所さんといった「インフォーマル・ネットワーク(非公式な支え合い)」を活性化させ、専門職がいなくてもその人らしい生活が続くように支援する。そこまでが、ビュートゾルフの看護師の役割ということです。
ビュートゾルフの玉ねぎシステム
世界経済フォーラムWEBサイトより引用
https://jp.weforum.org/stories/2022/06/jp-organization-structure-work/
ききょう会の「在宅ホスピスケア」の考え
ここまで、オランダのビュートゾルフについて詳しく見てきました。そして、この革新的なケアのにある哲学は、私たち医療法人社団ききょう会が最も大切にしている在宅ホスピスケア・緩和ケアの理念と近いものがあります。
「全人的苦痛の緩和」と「まるごとケア」の視点
ききょう会では緩和ケア、すなわち全人的苦痛(トータルペイン)の緩和を基本としています。
これは、身体的な痛みだけでなく「なぜ自分がこんな目に」といった心の痛み、社会的な役割を失う孤独感、そして魂の深い部分での苦しみも含めて、総合的にケアしていくという考え方です。
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この「人を部分ではなく、まるごと捉える」という視点は、病気や症状だけでなく、その人の生活全体を支えるビュートゾルフのトータルケアの実践と、全く同じ方向を向いています。私たちは、患者さんの人生の物語すべてに敬意を払い、心に寄り添うケアを目指します。
「自分らしさの尊重」と「自立支援」の哲学
「最期まで、自分らしくありたい」
これは、誰もが持つ普遍的な願いです。ききょう会は、この「自分らしさ」こそがQOL(人生の質)の根幹であると考え、患者さんが最期までできる限り能動的に生きられるよう支援することを大切にしています。
これは、利用者の「自分の暮らしは自分でコントロールしたい」という願いに応え、その人自身の力を引き出す「自立支援」をミッションとするビュートゾルフの哲学と、深く共鳴します。
医療者の価値観を押し付けるのではなく、患者さんご自身が何を望み、どう生きたいのかを丁寧に話し合い、その意思決定をチームで支えていきます。
「チームアプローチ」と「自律した専門家チーム」の形
在宅での療養生活は、一人の力では支えきれません。ききょう会では、患者さんとご家族の様々なニーズに応えるため、医師、看護師、薬剤師、介護士などが連携する「チームアプローチ」を重視しています。
私たちは、院内のチームだけでなく、地域のケアマネジャーさん、訪問看護ステーションの皆さん、ヘルパーさんたちとの「顔の見える関係」を何よりも大切にしています。それぞれの専門家が、ビュートゾルフのチームメンバーのように対等な立場で情報を共有し、同じ目標に向かって力を合わせる。そうすることで初めて、患者さんとご家族に、切れ目のない安心をお届けできると信じています。
患者さんの人生にそっと寄り添う存在でありたい
オランダのケア革命「ビュートゾルフ」が教えてくれるのは、ケアとは、人を「管理の対象」として見るのではなく、「物語を持つ一人の人間」として尊重し、その人らしい生き方を支えるために、現場の専門職が最大限の力を発揮できる仕組みを作ることの大切さです。
住み慣れたご自宅という、その方の人生が詰まった場所で、穏やかで、尊厳ある、その人らしい時間を最期まで紡いでいく。その物語に、そっと寄り添う伴走者でありたいと思っています。
もし、在宅での療養について、不安なこと、分からないことがあれば、どうぞ一人で抱え込まず、私たちききょう会にご相談ください。患者さん、ご家族、そして地域のパートナーである皆様と共に、この地域に温かいケアの輪を広げていきたいと、心から願っています。
医療法人ききょう会は東京都から埼玉県まで広く在宅医療(訪問診療)の提供を行っており、特に在宅ホスピスケア・緩和ケアに力を入れています。
豊島区、北区、文京区、板橋区
豊島区、北区、文京区、板橋区、足立区
足立区、葛飾区、埼玉県草加市、八潮市
埼玉県上尾市、桶川市、伊奈町、蓮田市、さいたま市見沼区・北区・岩槻区
